世界遺産のボートリフトを見に、ベルギーの片田舎へ行く。


 「ラ・ルヴィエールとル・ルーにあるサントル運河の4つのリフトとその周辺(The Four Lifts on the Canal du Centre and their Environs, La Louviere and Le Roeulx (Hainault))」。
 ベルギー・ブリュッセルの東。エノー州にある中央運河には、手動で開閉する跳ね橋や旋回橋、ボートリフトなどがあり、開通した20世紀初頭の風景が今も残っている。
 ベルギーに限らず、近代のヨーロッパでは水運が盛んで、ヨーロッパ北部で最も内陸水路ネットワークが集中、その全長は1,500kmにもなるという。そんな中、大きな高低差のある運河の水路を運行できるように作られたのが、「ボートリフト」と呼ばれる運搬装置。運河の水路に高低差がある場合いくつかの対処方法があり、有名なのがパナマ運河などで見られる水位調節を行う閘門と呼ばれる施設、また日本でも京都の蹴上などにあったケーブルカー状に斜面を水路ごと運ぶ「インクライン」、そしてこの「ボートリフト」といわれる水路をエレベーター状に水路の"箱"ごと船を運ぶ装置がある。そのボートリフトの中でも、このサントル運河にある4つのボートリフトは、66.2mの高さをクリアすべく1917年までに約30年かけて建造された当時のままで稼動しており、近代ヨーロッパの水力技術の発展の象徴、またレベルの高い工学技術の実用例として1998年にユネスコ世界遺産に登録された。

 今から約90年ほど前に作られたこのリフトの動力は水力。大きな水槽に船を入れ、水槽ごと船を上げ下げするのだが、2重に作られたゴンドラを水圧でうまく制御しており、今でも燃料は全く必要としない。残念と言うべきか、現在はこのリフト群の北側にStrepy-Thieuボートリフトという新しい大型リフトが稼働したため、この4つのリフト群は観光用として残されているに過ぎない。しかし、数年前までは現役で陸運の主役として、また今でも問題なく作動しているという、これぞ産業遺産の傑作ではないかと。世界遺産だから凄い、というわけではないが、こうして世界遺産として公表されることで、極東の僻地から見学に行くこともできたというわけで。

 話をする人する人に「どっから見つけてきたのか?」といわれるような、あまりメジャーでないらしい産業遺産。とりあえずベルギー旅行の第一目的だったので、なんとしても、といろいろ調べてはいたのですが…
 ブリュッセル南駅からローカルの快速電車に乗って約1時間。とりあえず、なんか行った人の(日本語の)話もほとんど見ないし、現地の地図がGoogleMap以上分からなかったので、「ま、行ったら何とかなるか」とLa Louviere centre駅に着いたのですが、意外と何ともなりませんでした。予想以上に小さい駅は、英語の通じない*1駅員が一人、駅前には案内所どころか地図もなく、バスは行き先と時刻表が書いてるだけで、目的地を通るのかも分からず、タクシーも居ず。観光ボートの時間まで余裕を持ってきたとはいえ、場所が分からなければどうしようもなく。駅併設のカフェに飛び込んで、同じくフランス語しか分からなそうな気のいい店のおばちゃんにヘルプを求め道を聞くも、とても丁寧に教えてくれてはいるのだが、分かる言葉は「前の道を真っ直ぐ右へ」「***(どこかわかんない)をさらに右に曲がる」ってことだけ。とりあえず、前の道を歩いたら何とかなるかと歩きかけると、神の救いかのように1台のタクシーが。「助かった!」とばかりに、英語のリーフを見せ「ここに行きたい」というと、乗車拒否というわけでは無さそうだけどどうも渋っている。どうやら「近すぎてタクシーに乗るのは勿体ない、歩いても直ぐだから歩いて行きなさい」といっているようだ。で、また丁寧に(しかし分からない言葉で)道を説明してくれる。やっぱりさっきのおばちゃんと同じようなことを言っているようだけど、とりあえず真っ直ぐ歩けば目印があるらしい。あきらめてキョロキョロしながら歩くこと約10分、小さな川を、それにしてはやたらと高いところで道路が越していく。これが運河かと見渡したところに大きな運河の看板の奥の方に観光ボートらしきものを発見。あ、あれかとばかりに、停泊側の岸壁を歩くこと5分強でやっと「Canal du Centre」に到着。徒歩15分のところ、実質40分ほどかけてしまいました。基本的に、こういうところに車以外で行く人なんてほとんどいないんでしょうね。運河クルーズの前にかなりえらい目にあった気分…。

 一応、案内所のサイトへメールを送って予約をしておいたのだけど、日曜でもそんなに混んでいなかった。1日に2回、10時と14時に便があり、約1時間のクルーズを含む2.5時間ほどの小旅行。4つのリフトの内、真ん中の2つのリフトと旋回橋を通るクルーズ、併設する機械室の見学が楽しめる。しかし日本人はおろか東洋人も全く見かけなかったというのは、やっぱりかなりマイナー?実際受付でも珍しがられたし。

 あくまで観光用として残るリフトだけど、旋回橋やリフトの動き、運河周辺の街の姿などを見ていると、日常の風景の中に生きているような感じがする。一番古いとされる第1のリフトは改修中とかで見学はできなかったけど、その上には工場の船着き場とリフトのための舟溜りが。この運河の周囲はうっそうとした森に覆われたり、邸宅の庭沿いだったり、古い教会の脇だったり、鉄道の廃線跡だったり。大通りに見かけた、運河を描いた大きな看板は、古き良き風景と今を繋いでいるかのようでした。

*1:フランス語圏だしね